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宮津の夏

キス

会社の夏休みがもうすぐ終わる。特に感慨はないのだが、こま切れの活動で夏休みを堪能したような気分になっていない。友達のように、ラスベガスにグランドキャニオン、シドニーにエアーズロック、ブラッセルとストックホルム、パリにロンドン、タイなんかに行けたらいいなあと思う。来年こそ、どこかに行けるかもしれない。
唯一この休みの間で夏休みを過ごしている実感がわいたのが宮津に一泊したときだ。いつものことだが、朝、早起きして宿泊している保養所の近くを歩く。誰一人いない海岸べりの砂浜を保養所の下駄で踏みしめると、二の字二の字の歯形が砂浜に残る。なんか子供みたいだが、昔懐かしい気分がした。朝日が水平線から出てきたばかりで、太陽の光がまだやわらかく、海に光の筋を描いている。近くでニイニイ蝉の鳴き声が聞こえる。浜辺に植わっている松の木に獲りついているのだろう。そう思って、松の幹から上の枝まで嘗め回すように見る。しかし、蝉に姿はなかった。子供時代はこうやって朝早く起きて、生まれてきたばかりの蝉を素手で捕まえたものだ。
日の出 黒崎 天橋立方面 

私がいる場所は小松浜。丹後半島の一番右の付け根に近く、天橋立のほぼ北に位置する。目の前に広がる海は宮津湾だ。左手の海は若狭湾で、その先は日本海である。ここに来る途中の道は、海岸線に沿って追い越し禁止の狭い道だ。海岸に沿ってちょっとした防波堤が築かれ、反対側は寂れた家々が続く。歩道はなく、単に白線が車道と歩道を区分けする。時々商店らしき家や造り酒屋のような民家もあってかなり鄙びている。
こんな地域は時代から取り残されていると、我々遊びに来た者は思うかもしれないが、民俗学者の宮本常一はそうは捉えていない。時代の変化を単に先送りにし見切り発車されるのを見過ごしてきた場所であり、世の中が騒いでいる間、その場所は休憩をとっていたとも言い換えている。だから、昔の生き方を支えた景観や人間関係は消耗されずに済んでいると。昭和40年代、1970年代の日本が高度経済成長期にあった時代に地方をこんなふうに捉えた考え方があったが、今でも言えることであろう。

しかし、3年ぶりに宮津に来てみると、昔の姿から変わろうとしていた。新しいバイパス道路が海岸線から離れたところにできているし、その道路に沿って土産物屋や飲食店が並んでいる。通る車に向けて、地域の人たちが旗を振って客の呼び込みをしている。この有様は、地域が活性化し元気を出してきていると見るか、“田舎という貴重な存在”を無用に消費し、田舎の雰囲気を台無しにしていると見るかは人それぞれだろうが、私は後者ではないかと危惧している。宮本常一ではないが、田舎はありのままの姿でその素朴さを人々の心に訴え、そして、自然の歩みの温かさを訪れた人に感じさせることが大切ではないかと思う。来年、再びそのバイパス道路を通るだろうが、ともかく店の方々もその地域も無事に生き残って欲しい。

そんな想いにふけながら、先ほどの浜辺を歩いていく。下駄を履いたまま膝ぐらいまで海に入っていったが、日本海の水の冷たさはなかった。この暑い暑い夏で海水の温度がかなり上昇しているようだった。
さらに岸辺を進むと、陸揚げされたボートがたくさん保管されているマリンレジャー用のリゾートマンションの前に出た。ちょっとした桟橋があり、その横にボートを海の揚げ降ろしができるレールが敷かれていた。朝早すぎたので、誰もボートを乗り出そうとする人はいなかったが、桟橋でお父さんと男の子たちが魚釣りをしていた。しばらく見ていると、小さなフグやキスが面白いように釣れる。小魚たちは、波打ち際から5、6メートルの浅瀬に居るという。大きさ10センチほどの透き通ったキスだ。
「すみません。釣ったキスはどうやって食べるのですか?」とお父さんに聞いた。
「天ぷらにしたら、美味しいのです」と応えてくれた。

彼らが釣りをしている横の桟橋の先まで行って、先端の縁に座り込み、両足を海に浸けた。足に付いた砂が海に洗われて行く。昔懐かしき夏の一コマに符合する。
今日も暑い日になりそうだ。

魚釣り レール ボート



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