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ひとり旅 ワルシャワへ

私は、1976年、交換留学生としてポーランド・ワルシャワに行くことにした。そこに、私の研究テーマに近い分野の研究所があった。というよりも、英仏独米豪などの先進国がいろいろな留学先を斡旋してくれていたが、先進国は希望者が多く、抽選になると聞いた。折角のチャンス、確実に行き先を決定できなければ、私の指導教授の了解もフイになる。実のところ、人気のない国を選んだわけだ。それに、貧乏学生が半年も留学しようとすると、東欧の安い物価は魅力的だったし、ポーランド政府から毎月の給料1500ズロッティーがもらえることもうれしかった。それでも手元資金ではかなりの節約が必要だった。

当然、節約旅行、貧乏旅行だ。まずは格安航空券で日本からパリまで。よりにもよって、イラン・エアーはないだろうと思いながらも、イラン・エアーを選ぶ以外に道はなかった。アエロフロートや大韓航空より、どのフライトよりもも安かったからだ。フライトは日本からテヘランを経由して、パリまで飛ぶ。テヘラン空港でのトランジットは最悪だった。空港職員にパスポートをとりあげられ、コーランの歌声がそこらじゅうから聞こえ、人ごみでごった返す空港ロビーの中を連れまわされ、何とも言いようのない不安にかられた。なんとかパリ行きの飛行機に乗ったときはホッとした。

次の難関はワルシャワまでの夜行列車。旅行に出る前に、いろいろな人から東ドイツは気をつけたほうがいいと忠告された。パリの北駅を出発した列車は西ドイツに入り東ドイツへ、また西ドイツのベルリンへ、さらに西ベルリンから東ベルリンへ、最後は東ドイツからポーランドへ。国境を通過するたびに、ゲシュタポのような軍服を着た東側の入国審査官がニコリともせずに私のパスポートにスタンプを押した。なにも好き好んで東側に入ったわけではなかったが、ワルシャワに行くには夜行が一番節約できたのだ。私はコンパートメントで独りまんじりともしない夜を送りながら、今にもゲシュタポが戻ってきて、私を連行するのではないかと疑心暗鬼にかられた。

ワルシャワに着いたときには、私は精神的に疲労困憊していた。そして、ワルシャワの駅からタクシーに乗って着いたのが、アカデミーセンターであった。ポーランド政府から届いた招待状を手に、私はその玄関に立った。ドアの向こう側には、私の留学生生活が待っていた。

hotel
住所はアカデミー5。学生寮が夏の間留学生のホテルに変わる。この最上階に住んでいた。

friends
同じ留学生仲間で飲み会。手前左が、ジャスミン・ババ。インドネシア出身で英国大学で化学を勉強中。この飲み会メンバーのうち、何人かの実家を頼って、ワルシャワから放浪の旅に出ることになる。

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ひとり旅 ヘルシンキからストックホルムへ

stockholm

私は別に放浪癖があるわけではなかった。単にヨーロッパが好きなだけであった。ヨーロッパに半年もいること自体、馬鹿げていたが、学生の特権と一人納得していた。
ひとり旅は全く自由だ。すべての時間が私のもの。しかし、時々無性にさびしくなる。このまま自分が消えてなくなるような気がした。そんなとき、むちゃくちゃ友達がほしくなった。誰でもいいから話をしたかった。

「疲れが溜まっているな。それにしても眠い」と、私はつぶやいた。
ポーランドのワルシャワを出てから一週間が経とうとしていた。毛布にくるまって絨毯の上に横になると、ゆっくりとした揺れを感じた。低く唸るようなゴウゴウというエンジン音がかすかに床を通して聞こえてきた。この心地よさはなんだろう。小さかったころ、いやきっと母の‥‥‥。私はまどろみながら、深い眠りに吸い込まれていった。
ナイトフェリーはヘルシンキを出て、穏やかなバルト海を滑るように走っていた。行き先はストックホルムだ。黒く広がる海に泡立ちの軌跡を残す。輪郭だけの黒ずんだ島々と海に漂う無数の光点が遠ざかる。全速力で走る船は不気味な音を響きかせ、小刻みに振動した。

体ごと、ドスンと落ちたような気がした。どれぐらい眠っていたのだろう。こうこうと照らされた船室の照明にしかめ面をしながら、私は目をしばたたせた。そして時計を見た。午前3時。幾分揺れが大きくはなっていたが、物が転がっていくほどのこともない。床に固定されたイスが幾つも連なって並ぶ3等船室に来たときは誰もいなかった。それをいいことに、列と列の間の身ひとつが入るぐらいの空間に寝ていたのであった。列の真ん中に寝れば、誰が入ってきても分かるはずはない。そんな窮屈な場所でも、イスに座って寝るよりずっとましだった。寝る前に足許に置いた荷物を確認しようと、私は足でまさぐりながら周囲を見回した。

誰だろう? 通路をはさんで、床で眠っている奴がいた。シュラフで体を包み、野球帽の頭だけを出していた。同じ貧乏旅行者だ。世の中には似たような奴はどこにでもいる。 ストックホルムに到着するまでまだ数時間あった。もう一寝入りしようと目を閉じた。だが、眠れなかった。幾度も寝返りを打った。寝ようとすればするほど、目がさえた。私は視線を通路の向こう側に移した。

帽子がこちらをじっと見ていた。
「うるさかったかい」
私はすまなそうに言った。
「いいや」
喉がからからなのか、低いかすれた奴の声がした。奴は「おはよう」と言いながら、帽子をとった。栗色のボーイッシュな髪が見えた。 男だと思っていたら、女だ。名前はドリス・カスパー。ドイツ人。ストックホルムに住んでいた。今日一日、彼女がストックホルムを案内してくれる。うまくいけば、今夜はタダで泊まれるかもしれない。変な意味ではなく、学生の貧乏旅行はそういうものであった。

ドリス

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