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夏にこんな本はいかが!

池波正太郎 男振

長く放ったらかしにしていたブログ、久しぶりに本を紹介したい。たまたま東京で開催される娘のオペラコンサートに行くのに、新幹線の中でなんか本でも読みたいなあと思った。で、家を出るときに、伊集院静の読みかけの本を持ちかけたのだが、その分厚さに圧倒されて、そのまま机の上に置いて家を出た。それで、京都駅構内の本屋でこの本を求めたのだ。
最近というか、たぶん、ここズーとだろう、すぐに結果が得られるスマホにかまけて、活字をじっくりと追い掛けることを敬遠していた。そういう意味で活字に飢えていたかもしれない。だから、もったいないと思いつつも一気に読んでしまった。その読後感は爽快で、目が少しウルウルした。特に最後の10ページが泣かせるのである。
かなり昔、このブログで「永遠のゼロ」という本が50ページ毎に泣かせると書いたことがあるが、この作者が自民党の勉強会で物議をかもした人物と知って、この作家といい、"永遠の話"も興醒めしてしまった。神風特攻隊員の悲話からすると、もっと人の情けが分かる、デリカシーのある人かなと思っていたが実はそうではなかったようだ。
でも、今回紹介するのは、正真正銘の人情の厚い作家・池波正太郎が書いたもの。鬼平犯科帳でもホロリと泣かされるが、今日のイチオシは「男振」と題した時代モノ。
ある御大名の嫡男のお側役、いわゆる御学友として江戸屋敷に勤めている10歳ほどの者。彼が髪の毛が無くなる病いにかかった。今でいう円形脱毛症だ。この嫡男がボウズ頭になってしまった遊び仲間を酷く揶揄してしまった。まだまだ幼いんだから、そんなことかあっても仕方がない年代だが、馬鹿にされた彼はあろうことか、嫡男をボコボコにのしてしまう。子供の喧嘩だが、武家の時代にあって殿様の後継を痛い目に合わせた家臣の息子を処分しないわけにはいかない。
物語はこんな場面から始まり、陰謀画策、暗殺、そして急転直下意外な結末が起こる。ハラハラドキドキする場面が幾つもあり、頑張れ〜!ボウズ頭と叫びたくなる。でも、必殺の剣を持った侍やら、この紋所が見えぬか!みたいな人物は出てこない。そこは池波正太郎らしく、心穏やかにホロリと涙させる結末に仕立てている。著者のいつもの味が満載されている物語。暑い暑い夏の午後、心に涼しい風を送ってくれる本といえよう。
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オススメの本

本ビリーミリガン

亡くなった作家ダニエル・キイスと言えば、「24人のビリー・ミリガン」である。多重人格障害(解離性同一性障害)を描いたノンフィクションに惚れ込んだ時期があり、ビリー・ミリガンがその一冊であった。もう一冊はハヤカワ文庫から出版されたフローラ・リータ・シュライバー著の「失われた私」であった。

「失われた私」に登場する多重人格のSybilは、吹雪の夜、見知らぬ町にいる自分自身を発見する。いつの間にか意識を失い、いつの間にか意識が戻る。その間に何かが起きている。記憶の断片をつなぎ合わせると、自分が多重人格ではないかと疑う。彼女は専門医のカウンセリングに助けを求めた。カウンセラーが質問する度に、彼女の目がグリグリと左右に動き、見知らぬ人格が次々と出現する。カウンセラーは千切れた記憶を持つ人格とコミュニケーションしながら、苦悩する彼らを統合していく。シグソーパズルのピースを繋いでいくようだ。最後に残った人格(性格的にかなりしっかり者)が彼女自身に「あなたはもう大丈夫ね。いろいろな人(人格)の記憶や感情を統合しても、もう耐えられるわね」と言いながら、彼女自身の人格に溶け込んでいく。ついに多重人格障害の病気を克服する。これは感動的場面であった。

この「失われた私」は1973 年にアメリカで出版されたが、当時、精神科医の世界から多重人格のストーリーはデタラメだと批判されたとか。それでもベストセラーになったというから、この作者の精神力は相当なものだったのだろう(2011年、このSybilのストリーが捏造であったことが検証されている)。

一方、ビリー・ミリガンは連続強姦容疑で逮捕。被害者の面通し、被害者の持ち物の所持、全てがビリーの犯行を示す。しかし、接見した国選弁護人は彼の奇妙な行動に疑問を抱き、精神鑑定を裁判所に要求。重罪犯や変質犯は精神病による心神喪失を申し立てて、無罪を勝ち取ろうとする。裁判所に選定された心理学者ドロシーがビリーを面談する。そこで、ドロシーは次々と違う人格に出会うことになる。この時、別の人格のビリーに多重人格であることを口外しないように約束させられる。ドロシーは、診断の事実を伝える代わりに、国選弁護人に対して「失われた私」を読むようにと報告する。
こうして、アメリカの裁判史上、さらにテレビ報道史上初めて、異常犯罪者の多重人格性が暴かれていった。平時の場合にイギリス上流階級の言葉で話す知的な"アーサー"、有事にはスラブ訛りのユーゴ出身の"レイゲン"がビリーの人格の出番をコントロールする。

「失われた私」に遅れること8年、重罪犯で多重人格障害のビリー・ミリガンの実話が作家ダニエル・キイスによって発刊され、全米を震撼させた。多重人格の世界に触れてみたい方には、オススメのノンフィクションである。

今年イチ押しの本を紹介

本紹介

「こうする、ああする、といちいち目的と行動とを下の者に教え続けてゆけば、その者はただ命令を待つだけで思考をしなくなる。人はいつなんどき多数の人を指揮することになるかもしれず、その時に備えて自立した思考力をもつ必要がある。何故そんな事をするのか、自分で考えてみよ!」

ここ数ヶ月、凝っているのがこんなふうな話がいっぱい詰まった宮城谷昌光が書いた中国の歴史小説だ。「管仲」に始まり、「孟嘗君」、さらに「楽毅(がつき)」である。会社の同僚に吉川英治の三国志に没頭したことがあると話したら、「管仲という傑出の武将を書いた本があるよ。きっとゾッコンになるね」と紹介され、それ以降、病み付きになってしまった。
その「管仲」をあっと言う間に読み終わり、感動冷めやらぬタイミングで借りたのが「孟嘗君」。この本にも感動し、つい最近読み終えたのが「楽毅」。「管仲」から「楽毅」まで文庫本11冊だ。
何が私を魅了させているのか。中国の春秋・戦国時代という激変の時代にどのように人々が生き抜いたのか、主人公たちがいろいろな試練を乗り越えたのか。そこには機知あり、幸運あり、中国ならではの妖術がある。もっとも共鳴したのは人生の教訓。物事の捉え方や考え方はこうなんだと気付かせてくれる。彼らの懸命で前向きな生き方に、会社でもこんなシチュエーションがあったよなーってな具合に共感する。多少、心霊現象っぽいストーリーやあり得ない話があっても許してしまう。

これらの登場人物が活躍したのは紀元前6〜3世紀ごろで、国家間の紛争や外交、政治闘争があったというから、今の時代と何が違うのか。中国大陸に幾つもあった国家間の紛争もさることながら、北方に勢力を拡大する匈奴という異民族の侵入を防ぐために、諸国は長城を築いたという。世界遺産に登録された長城はもっと後年のものだが、紀元前三世紀ごろの長城は、北京の少し北側にあるという。北の脅威は中国の歴史に少なからず影響を与えたと言われている。
国家間の紛争や北方民族の侵入といえば、ヨーロッパもそんな目にあっている。ユリウス・カエサルの時代(紀元前1世紀)に、ローマ帝国(カエサル時代は共和政ローマ)はゲルマン民族侵入を防ぐために、ライン川を防衛ラインとし、ライン川に沿って要所に城塞を築き始めていて、南下しようとする北方民族に対抗している。本格的な長城の建設は1世紀からである。
こうして中国とヨーロッパを見てみると、不思議なことに同じような時代にユーラシア大陸の両端で文明社会があり、国家間や異民族と争いがあって、似たような道筋を辿って大国(西にローマ帝国、東に秦)が誕生しているのは興味深いことである。

大いに話が脱線したが、楽毅は中山国という小国の宰相の嫡男として生まれた。大国・斉と趙で囲まれ、それらの国からの圧力や侵略で苦難の道を歩かざるを得なかった中山国。四面楚歌の中山国の存亡をかけて孤軍奮闘する武将が楽毅であった。そんな中で冒頭の言葉は、楽毅が現代に送るメッセージのひとつといえる。
「楽毅」は、私の今年イチ押しの本である。

本は友達

春樹さんの本

この週末、テレビのチャンネルをカチャカチャと回していたら、面白い番組をやっていた。お笑い芸人、昔風に言うなら悪がきの大人版が小学校の教室みたいなところに集まって、偉い先生から授業を受けている。先生があっちを向いたりこっちを向いたりする落ち着きのない芸人たちに問いかける(ひょっとすると、それが彼らの芸かもしれないが)。
「皆さんは、現状維持、成長と創造のどちらがいいですか?」
「成長、創造がいいですねー」と、先生が促すと、みんな、真顔で頭を縦に振る。
「では、どうしたら、成長、創造できるようになるのでしょうか?」と、先生はさらに問いかけると、芸人の皆さんは怪訝な顔をして、分けわからんサインを先生に返す。
そこで、先生は「本を読むことです」と答えを言う。
すると、教室の雰囲気は一瞬にしてシラケムードに変わり、芸人たちはしかめっ面をして、もっとお手軽な方法はないのかい、というような表情を浮かべる。
先生は、そんな拒否反応を無視して、続けて言う。
「皆さんは、いろいろな事を先輩とか友達に聞き、教えてもらっているでしょ。それと同じように本もいろいろな物事や経験を教えてくれますよ。本はあなた方のお友達で味方なんですよ!」
先生が力説すればするほど、生徒たちは今更本読みなんてできるかい、とでも言いたそうだった。

”本は友達”というこの番組がどんな展開をするのか、どんなふうな着地点を見せるのか気にはなったが、こんな低俗番組より、手元にある春樹さんの本を読むのが本来の日曜の午後の過ごし方と思い直して、私は「多崎つくる」のストーリーにのめりこんでいった。

今回の春樹さんの本は前評判でベストセラーになってしまった。前回の1Q84の大ヒットとノーベル文学賞の取りそこねの影響だと思うが、ちょっと宣伝しすぎのような気がしないでもない。
批判的に言ってるようだが、逆に「色彩を持たない多崎つくる・・・」と題された本の雰囲気はなかなかよかった。春樹さんのいつもの作風で、精神的に不安定で拠り所がない状態から明確な方向に向かって進んで行き、最後には、事が成し遂げられたかどうかわからない、読者の感じ方にお任せします的な状態、あるいは無事に事が終わったかのような暗示で、お話が終わってしまう。こんなふうな作品がますます不確実になっていく世界に住む人たち、特に若い人たちに共感を与えるのだろう。

主人公の多崎つくるを取り巻く、名前に色を持つ登場人物ー赤松、青海、白根、黒埜の四人が織り成す不思議なストーリー。ほろ苦い恋煩いや、何か切羽詰った状況を思い起こした人もあるだろう。あるいは、これからそんな体験をする人への道しるべになるかもしれない。いずれにせよ、人ぞれぞれ不安や心配を抱えながらも、自分自身で励まし、乗り越えなければ道は開かれない。そのために、春樹さんの本のパワーを借りるのもひとつの手であろう。春樹さんの本も、読者にとって、よき友であってほしいものである。

私の原風景とオススメの本

民族学

私の好きな本に、「空からの民俗学」という本がある。旅の巨人とも、市井の民俗学者とも言われる宮本常一が書いたものだ。いつごろ手に入れたのか覚えていないが、私の書斎の本棚の一番目立つところに、遠藤周作やら村上春樹やらの本と一緒に並んでいる。
時々その文庫本を取り出してはページをめくり、掲載されている昭和30年代後半から40年代の写真を眺め、常一の文章を読む。どれも何の変哲もない田舎写真だし、平たい字面が続く文章だが、何かしら訴えものがある。私はブログを書くときに、常一のこの文章がお手本になる。簡素で短く、淀みなく流れ、リズム感があって心地よい。
「空からの民俗学」の題材が民俗学という固いテーマではあるが、読んでいくと、昔懐かしい風景や人々の昔の暮らしぶりを書いている。一節を紹介すると、
「志摩という国は日本でもいちばん小さい国のひとつであった。しかもどの国よりも水田の面積がせまかった。それでどうして一国として認められたのであろうか。それはこの国に海人が多く住み、海人の国として成立したためではないかと思われる。その海岸は屈曲が…………」と、常一の文面が続く。
小気味良い文を読んでいて、何となしに懐かしさを感じ、その情景が目に浮かぶ。私は大分県佐伯で育ったから、山で遊び、海や川で遊び、線路の土手で遊んだ。だから、常一の綴る風景や人の営みがよくわかり、私の小さい時の生活を思い起こさせる。

本の一部 わかめ

最近凝っているハイキングにしてもサイクリングにしても、ひょっとしたら私は自分自身の原風景を探しているのかもしれない。この間サイクリングで走った小さな漁港で、ワカメがロープや物干し竿に天平干しされているのを見ると、あぁ昔、お祖父ちゃんとこんな光景を目にしたなぁと思い出すのである。

「空からの民俗学」は、30篇ほどのショートエッセイで構成され、その前半はANAの機内誌"翼の王国"に掲載されたもの。私のオススメの一冊といえよう。
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